深澤直人氏がデザインプロデューサーを務めるプラマイゼロが、1色塗りでマットな質感の壁掛け時計を発表。
深澤 ラミーの仕事をやっていた時期は、並行してドイツの照明器具メーカー「ERCO(エルコ)」の仕事もやっていました。 もちろんそこまでできるかは経営者の思想や意思にもよりますが、自分もいろんなクライアントとがんばってできることはやろうと思っています。 2017年LOEWE クラフトプライズ 審査委員。
91999年からはその名を使ったデザインワークショップを毎年開催し、書籍とともに発表を続けている。 出身地:山梨県甲府市• それぞれ生きてきた世界が異なるし、パーソナリティが表れていると思います。
HIROSHIMAはこの1年で数千脚もの数が販売されました。 電話機(2003年)• 毎日デザイン賞選考委員。
日本民藝館館長。 ラミーが新製品「Lamy noto」を発売する。
その後、深澤さんは世界中で活躍されるわけですが、ここで生まれた「ふつう」という言葉も、深澤直人さんを代表して言い表す言葉、また、ご自身も積極的に使う言葉として広がっていきました。 展覧会では、ものを紹介するというよりは、それが置かれる周囲の空気、つまり「アンビエント」を感じられるような見せ方にします。 おそらく、連載開始後、猛烈に忙しくなっていく深澤さんでしたが、この「ふつう」という言葉や、この連載にそのことを一話ずつ書くという行為を通じて、よりご自身を整理し、考え方を際立たせていかれたのではないかと感じます。
20「TRAPEZOID」腕時計(2006年)• Information こちらの製品は張座仕様【ファブリック M-03生地】です。 iF Design賞金賞(ドイツ)• その開発背景には、販売を支える世界のディストリビューターたちとのコミュニケーションがあるという。
「」 2018年• その後、僕らdは、ロングライフデザインを紹介する小冊子 を隔月刊誌として発刊。 「同じコレクションのなかにいるんだけれど、違うことをやっていこう」という感じです。
22001年より「auデザインプロジェクト」に参加し「INFOBAR」「WIN」のデザインを手がける。
その日本法人が立ち上がるということ、そして、代表者であるデザイナーの深澤直人さんに、日本中が注目した頃がありました。 無垢材だけではなくプライウッドも使っているし、金属や布だって合うものがあればやりたい。 1989年渡米し、ID Two 現 IDEO サンフランシスコ)入社。
8周りの生活や状況から割り出しているわけですから、その輪郭はいくつもないはずです。
我々の仕事は企業やエンジニアとの出会いもあり、こうやればかならずうまくいく、というものはありません。 1999年からは人間の無意識の行為に着目しデザインするワークショップ「Without Thought」を毎年開催、書籍とともに発表を続ける。 この中で深澤さんに連載をお願いしたところ、快く引き受けてくださり、その後の へと連載は引き継がれ、この度の書籍化となりました。
7今日、ラミーは年間約600万本の筆記具を生産し、ドイツ国内のマーケットリーダーというだけではなく、ドイツデザインを代表するブランドとして世界中にその名を知られています。 家電、生活雑貨のブランド• 「環境と行為によりそうデザイン」で2002年度毎日デザイン賞受賞。
ですから「深澤直人のデザインを」と言われているようにも思えるのですが、そうではなくて、「彼に頼めば、自分のブランドのある種の典型的なものを引き出してくるだろう」と、そういうふうに期待されているのではないでしょうか。 実際に本来の意味での「デザイン」ができているものは、驚くほど少ない。