朝日新聞デジタル版が報じたところによれば、あいちトリエンナーレ実行委員会の会長を務める大村秀章・愛知県知事は3日の記者会見で、「行政が展覧会の中身にコミットしてしまうのは控えなければならず、芸術祭じゃなくなる。 今回の動きは、ナショナリズムのエスカレートの結果、 日本にとって都合の悪い歴史的事実については論争や検証、対話を続けるのでなく、日本の表現空間から丸ごと葬り去ろうとする危険な風潮に見えてならない。
15アムネスティ・インターナショナル日本は、公人による発言や匿名の脅迫者による圧力によって市民の表現の自由が侵害されたことに深刻な懸念を表明する。
撤去された作品のそもそもの制作背景や展示理由はさまざなのでしょうが、それらを改めて芸術祭の場に展示することによって、違う次元からその作品を見ることができる。 そして現在も態度を改めない。
68月6日。
だとすれば今後やるべきことは、この短すぎた期間を、あらゆる手段で取り戻していくことだろう。
その背景は。 アートは伝える情報に幅があるので、理解できないものの押し付けと感じた人がいたのは事実だろう。
例えば国会の運営には多額の税金が使われているが、政府見解と異なる主張をする野党に支出することは問題だから野党の質問時間をなくする、野党には予算を与えない、そのようなことがあり得ないのは当然だと誰もが理解できるだろう。 。
。 時間と空間を相手にする観光学を専門にしているからかもしれないが、私は各種のインスタレーションを見たとき、妄想のように「あの場所においたらどうかな?」とか「あっちの広場においたらどうだろう?」などと思い浮かべる。
16組の参加作家のみなさん、そして企画趣旨に理解を示してくださる観客のみなさんに対する責任を、どのように考えての判断なのでしょうか。
7実行委員会に抗議の電話などが殺到。 憲法第21条 1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
」 武田:必ずしも合意に至らなくても異なる意見をぶつけ合うという現場に、私は希望を感じますが、キャンベルさん、今回多くの方と議論を交わしてどんなことを感じていらっしゃいますか? キャンベルさん:私は、発する側がまず自分に共感しろと事実に基づいて成立しているかどうかということを一度、違う角度から反対意見に出会うことによって、自分の常識を見直すきっかけとして考えるべきだと思います。
13同年8月3日、その中の展示の一つ「表現の不自由展・その後」が、中止となった。